名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)25号 判決 1983年6月17日
原告
岸田臣吾
右訴訟代理人
伊藤敏男
被告
愛知県公安委員会
右代表者委員長
鈴木充
右訴訟代理人
佐治良三
外七名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一原告が昭和三八年一〇月二三日、被告から銃刀法四条に基づき、狩猟の用途に供するため、原告主張のとおりの猟銃の所持について許可を受けたこと、被告が原告に対し、昭和五四年一一月一六日付をもつて、銃刀法一一条四項に基づき、右猟銃の所持に対する許可を取り消す旨の本件取消処分をなしたこと、被告のなした右処分の理由は、原告において火取法五〇条の二第一項の適用を受ける火薬類について同法二一条違反の所為があり、そのことが銃刀法一一条四項に該当すると判断したものであることはいずれも当事者間に争いがない。
そこで、まず、被告が本件取消処分をなした前提事実――すなわち、銃刀法四条により狩猟の用途に供するために猟銃の所持の許可を受けた者が火取法五〇条の二第一項の適用を受ける火薬類について同法二一条の規定に違反した事実(銃刀法一一条四項)――の存否について検討する。
1 原告が銃刀法四条に基づき狩猟の用途に供するため、猟銃の所持について許可を受けたことは前記のとおりである。
2(一) 愛知県一宮警察署が加藤を被疑者とする銃刀法違反被疑事件につき、名古屋地方裁判所一宮支部裁判官の発した捜索差押許可状に基づき、昭和五四年八月二七日、原告の肩書住所地所在の居宅を捜索したところ、物置内の施錠のしてない木製保管箱引出の中に本件火薬類が存置されていることを発見したこと、本件火薬類中、黒色火薬は、原告が昭和三八年二月八日、大塚銃砲火薬店から購入した黒色火薬四〇〇グラムの残量であり、実包および空包は、原告が同年一一月一六日から昭和三九年一一月八日までの間に右大塚銃砲店から購入した実包一七五発の残ダマであることは、いずれも当事老間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、原告は、昭和三六年一〇月村田銃の所持について許可をえた(このことは当事者間に争いがない)ので、そのころ村田銃で使用される黒色火薬を保管するため、前記木製保管箱を購入したが、昭和三八年一〇月、本件猟銃の所持についても許可をえた(このことは当事者間に争いがない。)ので、同銃用の実包もしくは空包をも右木製保管箱において保管するようになつたこと、右木製保管箱は高さが約四三センチメートル、巾が約二九センチメートル、奥行が約三一センチメートルであり、四段小引出付で上二段には蝶番が取り付けられていたが、施錠はされていなかつたこと、原告は、右木製保管箱を購入した約二、三年後に、猟銃と火薬類とが一緒に入るいわゆるガンロッカーを購入し、以後はそこに銃と実包等を保管するようになつたが、その際前記木製保管箱で保管されていた火薬類を措置せず、そのまま放置しておいたこと、原告は昭和四一年ころ、村田銃を廃棄した(このことは当事者間に争いがない。)ので、前記黒色火薬は全く必要でなくなつたこと、原告は、昭和四九年、肩書住所地へ引越してきたが、その際右木製保管箱をどこに仕まい込んだのかその所在がわからなくなつたこと、しかし右保管箱やそれで保管されていた火薬類を措置した意識もなかつたので、原告は、警察や猟友会から残火薬の取扱に注意するよう警告を受けるや、右保管箱の行方を気にし、以后妻に二回、自分で一回捜したこともあつたが、物置(二坪くらいの広さ)を捜さなかつたため、右木製保管箱を見出すことができなかつたこと、右物置の広さと右木製保管箱の大きさからすると、原告において、右木製保管箱を発見することはそれほど困難ではないこと、右木製保管箱は、右物置の中に子供のおもちゃや家具、道具類ともに雑然と納められていたこと、右物置の出入口には扉も施錠設備もなかつたこと、前記一宮署の捜査員は、本件火薬類を発見した当日、原告から本件火薬類の任意提出を受け、これを領置したこと、原告は、前記のとおり猟銃の所持について許可を得るとととに、昭和三八年ころから毎年、狩猟法三条に基づき狩猟の免許をえて、愛知県もしくは岐阜県内等で狩猟をしてきたが、昭和五〇年度も有効期間を昭和五〇年一〇月一五日から昭和五一年四月一五日までとする同年度乙種狩猟免許を岐阜県知事から受けたこと、しかし、原告は、当時営んでいた事業に失敗したこともあつて、昭和五一年度についてはいかなる狩猟免許も取得しなかつたことが認められ、これに反する<証拠>は前掲各証に照らして容易に措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。
(二) 右事実に基づき、原告に火取法二一条に該当する所為が存在したか否かについて検討するに、前同条は「火薬類は、法令に基づく場合又は左の各号の一に該当する場合の外、所持してはならない。(以下略)」と規定し、火薬類の所持を原則的に禁止し、特定の除外事由の存する場合にのみその所持を許しているところ、右「火薬類」とは、同法二条によれば、黒色火薬、実包および空包を含むものであることは明らかであるから、本件火薬類が右「火薬類」に該当することは明らかであり、また原告は、本件火薬類中、黒色火薬を昭和三八年二月八日から、実包および空包をおそくとも昭和三九年一一月八日からそれぞれ昭和五四年八月二七日まで前記木製保管箱に保管していたうえ、右保管箱の所在場所について明確に知つていたわけではないものの、右保管箱が自己の居宅内にあり、その中には本件火薬類が残存しているかも知れないと思いつつ放置していたのであるから、本件火薬類を所持していたものと認めるべきこと多言を要しないところである。
なお、この点に関し、原告は、「原告は本件火薬類につき既に処分ずみでもはや所持している旨の認識を欠いていたから、本件火薬類を所持していたことには該らない」旨主張し、<証拠>中には右主張にそう供述部分も存するが、右供述部分が措信し難いことは前記のとおりであるから、これを前提とする原告の右主張は理由がない。
そこで、原告に本件火薬類の所持を許す特定の除外事由が存するか否かについて検討するに、前同条八号は、「火薬類を所持することができる者が、次条の規定に該当し、譲渡又は廃棄をしなければならない場合に、その措置をするまでの間所持するとき」と規定し、昭和五三年法律第二七号によつて改正される前の火取法二二条は、狩猟法三条の規定による狩猟免許を受けた者であつて装薬銃を使用する者が、狩猟免許の有効期間の満了の際、火薬類を所持する場合には、その満了の日から一年を経過したときは遅滞なく、その火薬類を譲り渡しまたは廃棄しなければならないことを定めていた。そこで、かかる規定に照らし、本件をみるに、原告は狩猟法三条に基づき昭和五〇年度の狩猟免許をえたものの、昭和五一年度の狩猟免許を一切えなかつたのであるから、昭和五〇年度の狩猟免許の有効期間の満了した日から一年を経過した昭和五二年四月一五日以降遅滞なく本件火薬類を譲渡または廃棄すべきであつたにもかかわらず、原告は、その場所まで確知していなかつたものの、前記木製保管箱が原告方にあり、その中には本件火薬類が残存しているかも知れないと思いつつも、右木製保管箱等を徹底的に捜し出し本件火薬類を譲渡もしくは廃棄しようとせず、漫然と放置しておいたものであるから、原告は、本件火薬類発見時においては、本件火薬類を譲渡または廃棄しようとする意思もなく所持を続けていたというべきであり、それ故原告の右所為は単に火取法二二条違反にとどまるものとはいえない。けだし、同法二二条違反にとどまる場合とは、同条所定の期間後遅滞なく譲渡または廃棄をしない場合をいうのであつて、同条所定の期間経過後、譲渡または廃棄する意思なく更に所持を続ける場合は含まないと解するのが相当だからである。
また、原告に本件火薬類の所持を許すべき他の除外事由が存しないことも多言を要しないところである。
以上によれば、原告が本件火薬類を所持していた所為は火取法二一条に違反するというべきである。
3 本件火薬類が火取法五〇条の二第一項の適用される火薬類に該当するか否かについて検討するに、本件火薬類中の実包および空包が猟銃用のものであることは当事者間に争いがないので、右実包および空包が火取法五〇条の二第一項の適用される火薬類に該当することは明らかであり、また本件火薬類中黒色火薬が猟用のものであることは当事者間に争いがないうえ、火取法施行令三条の二において「法五〇条の二第一項前段の政令で定める火薬は無煙火薬とし、同項後段の政令で定める火薬は黒色猟用火薬とする」と定められていることに照らせば、前記黒色火薬が火取法五〇条の二第一項の適用される火薬類に該当することは明らかである。
4 以上によれば、銃刀法四条により猟銃の所持について許可を受けた原告が火取法五〇条の二第一項の適用される火薬類について同法二一条に違反したことは明らかであるから、原告には銃刀法一一条四項の事由が存在するものというべきである。してみると、被告が原告に銃刀法一一条四項の事由が存在するものと判断したことは正当である。
二次に本件取消処分に裁量権の逸脱もしくは濫用が存したか否かについて検討する。
銃刀法一一条四項は、けん銃等または猟銃(以下「猟銃等」という。)の所持の許可を受けた者が火取法五〇条の二第一項の適用を受ける火薬類について同法の規定に違反した場合、公安委員会はその許可を取り消すことができる旨規定しているところ、右規定は、猟銃等が人を容易に殺傷する機能を有し、犯罪に利用される場合も少なくないうえ、レジャー、スポーツ等社会生活上それなりの意義を有するものの、自動車の運転免許のごとく社会生活上欠くことのできないものでもないこと、猟銃等による事故を防止するためには単に猟銃等の所持もしくは管理に規制を加え、その所持者の人格態度を監視するだけでは十分ではなく、猟銃等と不可分の関係にあるといつても過言ではない火薬や実包等の規制を図ることが是非とも必要であること等を考慮し、警察行政の一端を担う公安委員会に一旦猟銃等の所持について許可を与えた場合においても、火薬類の取扱に危険が生じた場合には、その裁量において右許可を取り消し、もつて国民の生命、身体および財産の保護を図つているものと解するのが相当である。
しかして法が公安委員会にかかる裁量権を与えた趣旨に鑑みると、裁判所としては、銃刀法一一条四項所定の事実の存否の認定は別論として、それが重要な情状事実の誤認に基づくとか明らかに不平等の恣意的な処分である等の事情から社会通念に照らし、著しく妥当を欠くことが明らかな場合に限つて、裁量権の逸脱もしくは濫用があつたものとしてこれを違法であるとすることができると解するのが相当である。
かかる前提に立つて本件をみるに、本件全証拠を検討するも、本件取消処分が重要な情状を誤認したとか、明らかに不平等な恣意による処分であることを窺わせるに足りる証拠は全くなく、かえつて前記認定のとおり、原告の本件火薬類の保管方法はきわめて危険なものであり、社会的にもけつして軽視しうる事案ではないことに照らすと、原告が前科、前歴のない善良な一市民であり、本件火薬類の不法所持についての刑事事件が起訴猶予処分で終了したことを十分加味しても、なお、被告のなした本件取消処分は十分首肯しうるものである。してみると、本件取消処分には裁量権の逸脱もしくは濫用はないものというべきである。
三さらに原告は、「被告は捜査機関が原告を火取法違反被疑事件で取調べた際に作成した捜査書類のコピーを何ら正当な手続によらずに入手し、これに基づき本件取消処分をしたのであるから本件取消処分は違法である。」旨主張するので検討する。
<証拠>を総合すれば、愛知県一宮警察署は、前記のとおり、原告方居宅において本件火薬類を発見(このことは当事者間に争いがない。)し、原告を火取法違反の嫌疑で取調べたところ、原告には火取法二一条所定の火薬類不法所持の所為が存するものと思料し、名古屋地方検察庁一宮支部に送検するとともに、愛知県警察本部に右捜査書類の謄本を送つたこと、そこで愛知県警察本部は被告に右捜査書類の謄本を送つたところ、被告は、原告に銃刀法一一条四項所定の事由が存すると思料し、同法一二条所定の公開の聴聞会を開き原告の意見を聞いたうえで、本件取消処分をしたことが認められ、これに反する証拠はない。
ところで、猟銃等の所持の許可を取り消すか否かが被告の権限に属せしめられていることは前記のとおりであるところ、警視庁もしくは道府県警察本部は都道府県公安委員会の事務を補佐する(警察法四七条二項)こととされているのであるから、警視庁もしくは道府県警察本部が犯罪捜査に際し公安委員会の権限行使のうえで必要な資料等を入手した場合には、これを公安委員会に送付し、公安委員会の権限行使を容易なさしめることはその補佐機関として当然のことであつて何ら違法視しうるものでないことは多言を要しないところである。
してみると、愛知県警察本部が被告に捜査書類の謄本を送付したことは何ら違法なことではない。
もつとも、前記捜査書類が「訴訟に関する書類」であることは明らかであり、<証拠>によれば、原告の火取法違反被疑事件は起訴猶予ということで終了したことが認められ、しかも都道府県公安委員会が独立の行政委員会であることは明らかであることを併せ考えると、同委員会へ捜査書類の謄本を送付することは、「訴訟に関する書類は公判の開廷前にはこれを公にしてはならない。」旨の刑訴法四七条本文に触れるものであるが、右公安委員会へ捜査書類を送付することはけん銃等もしくは猟銃の適正な規制という高度な公益上の必要に基づくものであり、相当なものと認められるので、愛知県警察本部が右捜査書類の謄本を被告に送付したことは前同条但書にも該当する。してみると、愛知県警察本部の右行為は何ら違法なものとはいえず、他に手続的違背を窺わせるに足りる事実は何も存しない。
してみると、被告には何ら手続的違背は存しないというべきである。
四以上によれば、被告の本件取消処分は正当であり、本件取消処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(加藤義則 澤田経夫 綿引穣)